2018高校夏石川大会に臨む審判委員の皆さんへ

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■ アマチュア野球審判(高校野球)における 「スポーツマンシップに則る」とは!

・「スポーツとは何か」

人間が楽しむためのもの、スポーツは「Play/プレー」=遊びである。 スポーツは「そのルールでおもしろい」と感じる人が集まってプレイするもの。 「スポーツはするけどルール違反もする」は全く無意味である。

・「ルールはなぜあるのか?」

“スポーツで楽しむ”ための規則、ルールのもとで勝負を競う。 「ルール」とは楽しむための具体的な約束事。審判が最初に身に付けるもの。 「ルール」とは「いい」「悪い」を判断するものではない。「楽しいか(高校野球のレベルで は選手が安心・安全にプレイができる)」「楽しくないか(選手が安心・安全にプレイが できない)」が第一の判断基準である。

・「ルール」が果たす機能

① 「グランド・時間・人数・試合形式」などの物理的条件の「公平さ」「共通化」 審判としては「バッタース・ボックス」「コーチャース・ボックス」「スリーフット・レーン」「タ イムの回数、30秒」などを公平に扱う。

② 「危険な行為を抑制する。させない。」 審判としては「投球に当たりにいく行為」「野手にぶつかる行為」「送球の進路を妨害 する行為」「走者をブロックするような行為」など。

③ ①②に収まらない項目:複雑で、得点や勝利することを「難しくする」を作り出して いるルールの理解

審判としては「タッグアップ」「追い越し」「触塁の失敗」「タイムプレイと得点」「塁の占 有権(同一塁上に二人の走者)」「捕手のいわゆるブロック」など ルールの背景は、文章には書かれていません。背景そのものはルールではありま せんが、プレーする人は理解する必要があります。書かれていないけれども、前提に なっていること、それが「原則」です。「ルールは守る」という原則のうえに「ルール」は 成立している。 こうした原則のことをスポーツマン・シップという。この視点に立って「スポーツマンシ ップに則り正々堂々と戦うことを誓います」を言い換えますと「我々はベースボールの本質を理解し、その上でベースボールを楽しむために、原則を守る覚悟を持ち、ルールに従って正々堂々と戦うことを誓います」となります。 審判員に言い換えると「高校野球の本質を理解し、両チームの選手が安心して安全にプレイできるよう、高校生に応じたルールを適用し平等な条件で運営します」となります。高校野球レベルでの「ストライク」「ボール」「アウト」「セーフ」「フェア」「ファ ール」「キャッチ」「ノー・キャッチ」などの「ルール」の本質、表現力の豊かさを身に付けなければ平等な条件での運営はできません。

■ スポーツマンの条件

ベースボールというスポーツ(高校野球)を定義すると「日々の練習で鍛えた身体を使 って、勝負を競う、ゲーム形式の運動」となる。勝負を競うことは楽しむためには重要です。 プレーする上で「ルール」と「相手」と「審判」を尊重することがスポーツの原則です。この 三つこそが「スポーツを構成する一番基本的な要素」だからです。 スポーツをする人は、この三つについて、それぞれの価値を理解しておかなければな りません。 「尊重」とは、自分とは異なる他の人を理解し、その価値を認めることです。ですから、 ある程度の心の余裕がなければできません。そして「尊重」することは、一定の訓練(トレ ーニング)が必要です。「尊重」を理解しないものはスポーツマンの名に値しません。 逆に「尊重される審判」とは高校野球という硬式野球のベースライン(基盤、基礎)を 理解し、修得した「野球規則」「高校野球の手引き」を基に「公平」「平等」の精神で試合 運営ができることである。審判としてベースラインを確立する(どこをベースラインとする かは個人の考え方)ことで大学野球や一般社会人野球、少年野球などすべてのベース ボール・アンパイヤに対する考え方、技術を応用することができるようになる。審判にとっ て「自己のベースライン(自己基盤)」を理解できないものはアンパイヤの名に値しません。 「尊重される審判」になるためには目標に向けた日々の努力と長い年月をかけた経験の 積み重ねが必要となってきます。

■ スポーツには二種類の「勝利」がある

「勝つ」 競う相手に勝つ。野球規則の目的。「克つ」「勝利を得るためには、ルールを守りたくない」という誘惑に克つ二種類の「勝利」があってはじめて「真の勝者」となる。この二つの勝利を得るために普 段の厳しいトレーニングを行っている。「勝負だけにこだわる(ゲームズマンシップ)」すなわち「克つ」ことをあきらめるのは簡単です。「スポーツはするけど、スポーツマンシップは守らない」ということは不可能であるということを理解してください。

・「勝つこと」に価値がなければ、「勝つこと」を目指すのは無意味である。

・「勝つこと」の価値を知らないで、「勝つこと」を目指すのも同様に無意味である。

・「勝つこと」のみを優先すること、手段を選ばずに勝つことは、「勝つこと」の価値を壊す行為である以上、まったく馬鹿げた行為といわざるを得ません。

高校野球の審判として、このような背景を理解し「ルール」の原則を適用できるように努力しなければ高校野球の審判としての価値はありません。さまざまな困難を克服した ときに「賞賛のない審判のこの上なき喜び」が得られるでしょう。